東京高等裁判所 平成2年(ネ)1299号 判決 1992年7月17日
平成二年(ネ)第一一一三号控訴人、同年(ネ)第一二九九号被控訴人(以下「第一審被告」という。)
日鉄鉱業株式会社
右代表者代表取締役
仲上正信
右訴訟代理人弁護士
小林嗣政
平成二年(ネ)第一一一三号控訴人、同年(ネ)第一二九九号被控訴人(以下「第一審被告」という。)
合名会社菅原工業
右代表者代表社員
菅原実
右訴訟代理人弁護士
関孝友
平成二年(ネ)第一一一三号被控訴人、同年(ネ)第一二九九号控訴人(以下「第一審原告」という。)
岩元武雄
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
川人博
同
吉田健一
同
蔵本怜子
同
鴨田哲郎
同
山本孝
同
伊藤恵子
同
室井優
同
平和元
同
土田庄一
同
山本高行
右訴訟複代理人弁護士
河西龍太郎
同
村井正昭
同
森永正
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告らは各自、第一審原告岩元武雄に対し、二一二四万一四九五円及びこれに対する昭和五六年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同原告菊池己成に対し二六五七万一八一八円、同原告後藤弥悦郎に対し二九六四万七二二三円並びに右各金員にする昭和五七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 第一審被告らの第一審原告後藤弥悦郎に対する本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告らの各負担とする。
四 この判決は、第一審原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(平成二年(ネ)第一一一三号事件)
第一審被告らは、「原判決中、第一審被告ら敗訴部分を取り消す。第一審原告らの各請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第一審原告らは、控訴棄却の判決を求めた。
(平成二年(ネ)第一二九九号事件)
第一審原告らは、「原判決中、第一審原告ら敗訴部分を取り消す。第一審被告らは各自、第一審原告岩元武雄に対し五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年六月一六日から、第一審原告菊池己成に対し五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月三日から、第一審原告後藤弥悦郎に対し五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め(当審において請求を減縮)、第一審被告らは、控訴棄却の判決を求めた。
第二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
(第一審被告らの追加的主張)
1 原判決は、「粉じん作業使用者は、粉じん作業労働者に対し、その違反が損害賠償義務を生じうるに過ぎないいわゆる安全配慮義務を負うにとどまるものではなく、粉じん作業労働者がじん肺に罹患するのを防止するために雇用契約の継続する限り、絶えず実践可能な最高の医学的・科学的・技術的水準に基づく作業環境管理、作業条件管理及び健康管理に関する諸措置を講ずる履行義務を負担し、粉じん作業労働者はその使用者に対し、右義務の対応する履行請求権を有する」と述べているが、使用者がそのような内容の義務を負担する根拠はない。すなわち、最高裁判所は、使用者の負うべき安全配慮義務につき、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方または双方が相手方に対して信義則上負う義務」であると判示している(最高裁昭和五〇年二月二五日判決)。また、最高裁判所は、振動障害(チエンソー)による損害賠償事件において、「社会、経済の進歩発展のため必要性、有益性が認められるがあるいは危険の可能性を内包するかもしれない機械器具については、その使用を禁止するのではなく、その使用を前提として、その使用から生ずる危険、損害の発生の可能性の有無に留意し、その発生を防止するための相当の手段方法を講ずることが要請されているというべきであるが、社会通念に照らし相当と評価される措置を講じたにもかかわらずなおかつ損害の発生をみるに至った場合には、結果回避義務に欠けるものとはいえないというべきである。」と判示し、使用者の危険発生防止義務について「社会通念に照らし相当と評価される措置を講じた」ことをもって足りることを明らかにした(最高裁平成二年四月二〇日判決)。しかも、労働者が企業において職務を遂行するにあたっては、労働者自身も定められた安全作業方法を遵守するなどの注意義務(自己安全義務)を負うものであり、使用者の安全配慮義務の内容、程度についても労働者の右自己安全義務との衡量に深い関係がある。そして、仮に松尾採石所坑内の粉じんが第一審原告らの健康に何らかの影響を与えたとしても、第一審被告らは社会通念上相当と評価され得る安全配慮義務をこれまで尽くしてきているのであるから、仮に右配慮の内容と程度が完全さという尺度からみて多少の不十分さがあると認定されたとしても、その程度、内容が些少である場合には、第一審原告らに対する賠償義務は認められないというべきである。そのような場合の被災労働者の救済は、安全配慮義務を超えた事案について業務災害が発生したものとして社会全般の責任において解決が図られるべく、ここに労災保険の存在意義があり、同法についての近年の給付の充実内容から、今日では、同法の救済により労働者の損害は填補されるに至ったというべきである。
2 粉じん濃度に関する労働者の通達や日本産業衛生学会の許容濃度の勧告値は、いずれも防じんマスクなどの保護具を着用しない状態を前提とし、その勧告値内であれば、労働者が連日有害物に暴露される場合にも、ほとんど全ての労働者の健康に悪影響がみられないとしているものである。したがって、例えば粉じん捕集効率九七パーセントの防じんマスクを着用して粉じん濃度が一立方メートル当り二ミリグラムの坑内で働いたとすると、吸入する粉じん量はその三パーセントとなる訳で、これは防じんマスクなしに一立方メートル当り0.06ミリグラムの粉じん濃度の労働者環境で働いたと同様となるわけであるから前記勧告値などの数値をはるかに下回る良好な状況といえるのである。ところで、松尾採石所の粉じん濃度は、第一審被告日鉄が昭和五五年及び五六年に測定した結果(<書証番号略>)に明らかなとおり、ほぼ一立方メール当り二ミリグラム以下であったのであり、これに加えて第一審被告らが第一審原告らに貸与していた防じんマスクの捕集効率を考慮に入れれば、前記許容濃度をはるかに下回る作業環境であったことは明らかである。したがって、第一審原告らが、坑内において、防じんマスクの着用を厳守していれば、じん肺に罹患することは到底考えられず、右罹患は第一審原告らの松尾採石所以外の粉じん作業歴及び防じんマスク着用の懈怠によるものというべきである。
3 第一審原告らが使用していたサカヰ式一一七号型マスクは検定二級合格品であるが、徐々に性能を向上させ、昭和四三年のカタログでは粉じん捕集効率は86.6パーセントであったが、昭和四八年九月ころの一一七G号型マスクのカタログによれば粉じん捕集効率九七パーセントにも達しており、特級、一級マスクと比較しても、遜色のない粉じん捕集効率を備えていたことが明らかである。また、防じんマスク、第一審原告らが主張するように粉じん捕集効率だけでその良否が判断できるものではない。重量、排气抵抗、吸气抵抗上昇率、下方視野、耐水性等を総合的に考慮し、かつ、当該作業所の作業内容をも併せて決定すべきものであり、また当該作業業員がどの型のマスクを使用することを望んでいるかをも尊重しなければならない。第一審被告らは昭和四九年以前から再三にわたって一一七号型マスクから第一審被告日鉄の直轄作業員らが使用しているより粉じん捕集効率の高いマスクへ切り替えるよう勧めたにもかかわらず、第一審原告らはこれを拒否していたものである。したがって、仮に二級マスクである一一七号型マスクを使用させていたこと自体に安全配慮義務に欠けることがあったとしても、それは、一一七号型マスクの使用に強く固執し、より粉じん捕集効率の高い防じんマスクへの切り替える拒否してきた第一審原告らの責に帰すべきものであって、第一審被告らの責に帰すべきものではない。
また、防じんマスクに複数のサイズが設けられたのは、昭和五八年末に防じんマスクの国家検定規格が改正(昭和五八年一二月二八日労働省告示第八四号)されてから以後のことである。すなわち、右改正により防じんマスクの密着性の検査が行われるところとなり、これに伴い、各メーカーが複数の防じんマスクの製造・販売を行うようになったものである。したがって、第一審原告ら松尾採石所で稼働していた時期には、防じんマスクは男性用と女性用の各標準サイズが一種類あったのみで、原判決がいうような「密着性が最も確実なものかどうかを検討して選択」する余地はなかった。
4 第一審原告らの健康状態は、療養記録、第一審原告らの日常生活からみて通常人と特段変わらない体力をもって、通常人と変わらない生活を送っていると認められる。したがって、労働能力を完全に喪失した状態にあるとは考えられず、じん肺による損害は少ないというべきである。特に第一審原告後藤のパーセント肺活量、一秒率及び酸素分圧の数値はいずれをみても著しい肺機能の障害があるとは認められず、同人の肺機能は正常というべきである。
5 損益相殺について
仮に、第一審原告らに損害があるとしても、第一審原告らはこれまで、労災保険及び厚生年金保険から相当額の年金や特別支給金、特別年金などの給付を受けており、その額は第一審原告らの損害額から控除されるべきである。そして、別表1ないし3の合計欄(第一審原告後藤については、合計・計欄の上段に記載した額)に示すように、第一審原告らの平成三年一一月までのそれらの既受給額の合計は、第一審原告岩元は五五五〇万〇〇八〇円、同菊池は三四〇七万六四一六円、同後藤は三四〇〇万二二八七円となる。
(第一審被告らの追加的主張2、3に対する、第一審原告らの反論)
防じんマスクの補集効率とは、防じんマスクの入気側の空気中に存在していた粉じんのうち、マスクで捕集される粒子の割合をパーセントで表したものであるが、捕集効率は新品のマスクの性能を保証するだけであって、長く使用した後の性能は低下し、何よりも顔面への密着が大前提である。顔面に密着しないマスクでは、粉じんの侵入率が三〇パーセント以上にもなることがあり、マスクの性能を全く生かし得ないことがあることは、実験データにおいても明らかにされている。また、実験室で行われる性能検査と、職場における現実の労働(しかも重労働)の中での性能とは異なることも当然である。従って、検定合格品であるからといって、直ちに表示された捕集効果をそのまま発揮するというものではなく、最高限の基準を示しているに過ぎない。第一審被告らは、昭和四八年九月には、サカヰ式一一七G号型マスクの粉じん捕集効率は九七パーセントに達していたから、第一審原告らの粉じん吸入も極めて少なく、結果的に坑内も安全な粉じん濃度に保たれていたと主張する。しかしながら、第一審被告らは、マスクの顔面への密着度の調査などをしたことはなく、その保守管理やマスク着用の指導教育も不十分であったから、マスクの性能を論ずる際の前提条件を無視した議論である。
一般的には、市販品の二級では粉じん捕集効率は八〇パーセント程度とされているのであり、長期の使用期間を考慮すれば、捕集効率の差(例えば、特級品と二級品では十数パーセント)が全体の粉じんの吸入量に大きな差をもたらすことは明らかであって、第一審被告らが第一審原告らに主としてサカヰ式一一七号型マスクを支給し続けたことが不適切なものであることは明らかである。また、第一審被告らは、防じんマスクに複数のサイズが設けられたのは、昭和五八年末に防じんマスクの国家検定規格が改正されてから以後のことである。と主張するが、防じんマスクの顔面への密着性の具備は基本的条件であり、その技術的改良は容易なことである。労働省の告示を待つまでもなく、企業において開発努力を行うことは必要であり、それは容易である。特に第一審被告日鉄は、当時鉱業協会の一員であり、現に昭和三七年当時にはミクロンフィルターの開発に参加しており、それより改良努力の容易ともいえる密着性を具備したマスクへの技術改良が行えないはずがない。従って、複数の型のマスクが市販されていなかったからといって第一審被告らに責任がないとはいえない。
(第一審原告岩元の入院雑費及び損害賠償請求権の遅延損害金発生日についての追加主張)
1 第一審原告岩元は、昭和五五年七月一五日から西多摩病院に入院し、既に一〇年以上入院生活を続けている。交通事故の場合でも入院雑費として一日につき一二〇〇円が認められているが、じん肺においては、咳、痰の処置のため入院雑費は交通事故の場合などとは比較にならないほどかかる。第一審原告岩元は、三六五〇日以上入院しているから、その入院雑費は、四三八万円を下らない。
2 仮に、原判決が認定したように、第一審原告岩元の損害賠償請求権が期限の定めのないものであり、その請求の意思が第一審被告らに到達した日の翌日から遅滞に陥るとしても、第一審原告岩元は、昭和五六年七月八日到達の書面で、第一審被告らに損害賠償の履行の請求をしているから、その損害賠償請求権の遅延損害金は、その翌日である同月九日から発生すると解するべきである。
理由
一当裁判所の「当事者」、「松尾採石所の概要」、「じん肺の病像について」の各判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示一ないし三(原判決一九三頁三行目から二三六頁一行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二〇一頁七、八行目「発破作業は、穿孔終了後各作業員が随時行っていたものであるが、」を、「発破作業は、坑内作業終了時間前のいわゆる上がり発破や昼食時前の発破が原則と定められていたが、実際には、各作業員において穿孔終了後随時行われることも稀ではなく、」と改める。
2原判決二〇五頁八、九行目「掘進ずりの積込み・運搬作業と同様に、屋根段以上の坑道においてはスラッシャーのバケットで掻いてずり坑井等から最下段の坑道まで落とし、」を削除し、同一〇行目「おいては」を「おいて」に改める。
3 同二〇八頁一〇行目「作業にあたらせていた。」の次に、「ただし、その作業内容は、事実欄第三章第三被告らの主張(被告日鉄)一1(原判決七〇頁三行目から七二頁末行目まで)記載のように、準備作業は請負組が、生産作業は第一審被告日鉄が行うこととされていたが、第一審被告菅原は、第一審被告日鉄の依頼により随時生産作業の一部を行うこともあった。」を付加する。
二「第一審原告らのじん肺罹患の経緯と現在の症状」についての当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示四(原判決二三六頁二行目から二五五頁七行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二三八頁四行目「じん肺管理区分の管理二と診断された」の次に、「が、第一審被告菅原は、労働基準局長に対するじん肺管理区分申請を行わなかった」を加える。
2 原判決二四二頁一〇、一一行目「じん肺管理区分の管理三との診断を受けた」の次に、「が、第一審被告菅原は、労働基準局長に対するじん肺管理区分申請を行わなかった」を加える。
3 原判決二四四頁五行目「以下、この点について検討する」の次に、以下を付加する。
「(なお、元来じん肺法上の管理区分決定は、事業主または労働者からの申請により、じん肺に関する専門医である地方じん肺診査医(各都道府県労働基準局に一名以上配置されている)の審査または診断結果に基づいて都道府県労働基準局長によりなされる行政処分であって、この管理区分の決定に不服がある場合には、行政不服審査や行政訴訟の方法によりその是正の措置がはかられるべきであり(旧じん肺法〔昭和三五年法律第三〇号〕一八条、改正じん肺法〔昭和五二年法律第七六号〕一八条、二〇条)、本件におけるような損害賠償を求める民事訴訟の場でじん肺管理区分の当否を論ずることは、それ自体適切ではないというべきであるが、第一審被告らの主張は、労働能力喪失の程度を争っているものとも理解できるので、念のためここで、第一審原告らに対してなされた各じん肺管理区分決定の当否について当裁判所の一応の判断を示しておく。)」
三第一審被告らの安全配慮義務違反
労働契約の下においては、労働者は、使用者の供給する労務場所・設備・機械・器具その他の環境で、使用者の指揮命令の下労務に服するものであるから、使用者はそれらの諸環境につき労働者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うものである。本件において、第一審被告らは、前認定のような労務環境・労働契約の内容に従い、第一審原告らがじん肺に罹患しないよう、可能な限り粉じんの発生を防止し、粉じんが発生した場合にはその除去、飛散をはかり、有害粉じんの人体への吸入を抑止するため適切な労働時間の設定や防じんマスクの支給、じん肺安全教育などを行い、健康診断によりじん肺有所見者が発見されたときには、粉じんに暴露される作業時間の短縮化や職種転換などによりじん肺の重症化への進行を阻止するなどの措置を講ずる義務を負担していたものである。
もっとも、既にみたように、有害粉じんそのものは、労働現場においてその殆どが不可視的な微粒物体であり、かつ、計測も容易ではないことにより、使用者側において万全の防御対策を講ずることにかなりの困難を伴うことは理解できないわけではないが、しかし、じん肺の原因が人体に有害な粉じんを長時間吸入することによるものであるとの病理機序は既に相当以前から明らかにされているところであり、じん肺はいったん罹患するや不可逆的な病であって、肺機能障害などにより生命または身体という重要な法益を侵すものであり、そして、じん肺罹患防止のための作業環境、吸入防止用具、予防教育、健康診断などの科学的、技術的、医学的水準も絶えず向上しているものであるから、第一審被告らとしては、こうした科学技術の進歩を前提とした上で、上記のような諸措置を総合的かつ適切に履行し、もってじん肺防止に万全の注意を払うべき義務の履行が求められていたというべきである。このように、使用者側としては、当該労働者らとの関係では、如何に困難が伴うとはいえ、できるかぎりの有効な諸措置を講ずるのが信義則上要請されているといえるのである。
そうだとすれば、こうした諸措置の全部または一部の履行を怠り、その結果粉じん作業に従事した労働者がじん肺に罹患したと認められる場合には、使用者は、右義務の不履行につき民法四一五条所定の「責ニ帰スヘキ事由」のないことを立証しない限り、労働者がじん肺に罹患したことにより被った損害につき賠償の責任を免れないものと解するのが相当である。
しかるところ、当裁判所も、これらじん肺防止のための諸措置につき、第一審被告らはいまだ尽くすべき義務を尽くさず、第一審被告らの措置には不十分なものがあり、したがって、第一審被告らには前記安全配慮義務の違反があったと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付可、訂正するほかは、原判決の理由説示五「被告らの義務違反」(原判決二五五頁八行目から二九三頁七行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二六〇頁八、九行目「その違反が損害賠償義務を生じうるにすぎないいわゆる安全配慮義務を負うにとどまるものではなく、」を削除する。
2 同二六一頁四行目「模範的解釈」を「合理的解釈」と改める。
3 原判決二六六頁七行目「いずれも成立に争いのない」の前に、以下を挿入付加する。
「 先ず、松尾採石所における第一審原告らの従事した、各種坑道の掘進作業、長孔穿孔、小割り、掘進ずりや採掘原石の積み込み、運搬などの各作業過程において、相当量の粉じんが発生したことは、理由「二3 松尾採石所における作業の内容と粉じんの発生」に認定したとおりである。第一審被告らは、同人らが松尾採石所坑内における粉じん作業によるじん肺罹患予防のため、かねてから湿式削岩機の使用や散水、発破前の水まき、発破時間の指定、主要扇風機や局所扇風機、吸じん装置などによる粉じんの発生予防、排出、通気確保、防じんマスクの着用の励行指示、じん肺に関する健康診断、教育など徹底した措置を講じてきたと主張し、後掲証拠によれば、第一審被告らにおいて、これら各諸措置につき一定の努力を払ってきたことは、認められる。しかしながら、後掲証拠によれば、松尾採石所においては、昭和五〇年のじん肺健康診断において、第一審原告ら第一審被告菅原の従業員四名にじん肺の管理二または管理三の有所見者が発見されたのみでなく、第一審被告日鉄の直轄坑内作業員四名にもじん肺管理区分二の有所見者が発見されたこと、その後昭和五五年のじん肺健康診断では、第一審原告らのほか、第一審被告日鉄の直轄従業員で松尾採石所の坑内作業に従事する約一三名のうち一〇名あまりがじん肺管理区分二以上の有所見者と診断されたことの各事実が認められるところ、このようにじん肺罹患者が、第一審原告ら第一審被告菅原の作業員のみでなく、第一審被告日鉄の直轄作業員にも散発的・偶発的でなく集団的に発見されていることの事実に照らせば、松尾採石所における第一審被告らの粉じんの発生、希釈、吸入防止などじん肺予防のための作業環境管理、作業条件管理などの点において、なお改善を要する諸々の点があったと推定せざるを得ない(このように、じん肺の有所見の診断が下された後、第一審原告らに対しては従前のサカヰ式一一七号型マスクに代えて一〇〇三C号型マスクが支給され、第三通気立抗の完成が予定の昭和五一年一二月から同年七月に早められたことは第一審被告らの自認するところである。)。これらの点につき具体的ないくつかの点においてさらに検討を加えると以下のとおりである。」
4 原判決二七三頁末行目から二七四頁四行目までの「右昭和四〇年の勧告における粉じんの許容濃度に関する数値は、総粉じんを対象とした環境濃度に関する数値である(この点は昭和五五年五月一六日になされた日本産業衛生学会の「許容濃度等の勧告」における説明に照らすと明らかである。)。」の部分を、次のとおり改める。
「右昭和四〇年の勧告における粉じんの許容濃度に関する数値は、吸入性粉じんを対象とした環境濃度に関する数値である(この点は、<書証番号略>の〔付録〕粉塵測定法の説明で、測定する粉塵の範囲として、環境中に浮遊する粒子のうちおよそ五ミクロン(ストークス粒径)以下の粒子について濃度の測定を行うこととされていること、及び環境濃度についての測定方法が明示されていることから明らかである。ただ、右昭和四〇年の勧告値における一立方メートル当り二ミリグラムの許容濃度は、形式上は測定対象を吸入性粉じんとしながら、当時、吸入性粉じんを測定できる適切な計測機器がなかったこと及び当時参考とした諸外国における許容濃度の数値が総粉じんを対象としたものが圧倒的に多かったなどのことから、実質は総粉じんの環境濃度をそのまま許容濃度として採用したものである。したがって、その後諸外国において許容濃度が吸入性粉じんを対象としたものに順次改正されていくに従い、結果的に日本産業衛生協会の勧告値は、吸入性粉じんの勧告値としては極めて高いものとなってしまったが、このことは昭和五七年の勧告値で改められた。)。」
5 原判決二七五頁末行目「エ被告日鉄が行った……」から二七七頁三行目「義務違反があったものである。」までを次のとおり改める。
「エ 以上の事実に照らして考察するに、第一審被告日鉄が行った前記昭和五五年測定及び昭和五六年測定は、いずれも吸入性粉じんを対象としてその環境濃度を測定したものであったが、一般に、環境濃度の数値は暴露濃度の数値より低い数値を示すものとされているから、右数値を対比すれば、昭和五五年測定および昭和五六年測定の測定値が、日本産業衛生学会の昭和五七年の許容濃度を越えるものであったことは明らかである(仮に、本件の場合、暴露濃度の数値と環境濃度の数値が変わらないとしても、吸入性粉じんの濃度としては、第一審被告日鉄の測定値が右日本産業衛生学会の許容濃度を大幅に超えると認められる。)。もっとも昭和四〇年の勧告値については、形式上はこれの制限内であるといえないこともないが、先にも述べたように、昭和五五年、五六年の測定結果以外の資料は第一審被告日鉄から提出されていない以上、それ以前の松尾採石所坑内の粉じん濃度を推定すべき適切な資料はなく、さらに、昭和四〇年の日本産業衛生協会の勧告値自体、前記のように測定対象としては吸入性粉じんとしながら許容濃度については諸外国の総粉じんの値を参考として採用するという矛盾を含んでいたものであるから、仮にこれが履行されていたとしても、第一審被告らにおいて粉じんの濃度に関して適切な安全配慮義務の履行があったと直ちに解し得ない。
オ このように、第一審被告らにおいて、時宜に応じた適切な粉じん濃度の測定を実施し、これに基づいて粉じんの濃度について具体的な改善策等が行われていたと認めるべき証拠はなく、かえって、証拠として提出されている測定結果によっても、松尾採石所坑内の粉じん濃度は、粉じん作業労働者の健康に悪影響を及ぼすおそれのある状態であったと推定されるから、第一審被告らには、前記粉じん作業雇用契約に基づく付随的履行義務違反があったものというべきである。
なお、第一審被告らは、右日本産業衛生学会の勧告値などは、すべて防じんマスクなどを着用しない状態で粉じんに長時間暴露された場合のことを想定しているものであり、松尾採石所においては、第一審被告らは第一審原告らに対して防じんマスクを着用するよう常日頃指導しており、第一審原告らにおいて防じんマスクの着用を厳守していれば、仮に松尾採石所坑内の粉じん濃度が日本産業衛生学会の勧告にかかる許容濃度を超えていたとしても、何ら第一審原告らの健康に悪影響を及ぼすような状態にはなかった、と主張している。しかしながら、先に認定したように、第一審原告らが着用していたサカヰ式一一七号型マスクより性能の良いサカヰ式一〇〇三A又は一〇〇三C号型マスクの着用を厳格に命じられていた第一審被告日鉄直轄作業員からも多数のじん肺有所見者が発見されているように、防じんマスクの効用自体一定の限界があることは明らかであり、しかも防じんマスクの性能は、顔面への密着度、使用方法、手入れ、老朽度等により個々に大幅に異なってくるものであり(第一審被告らにおいて、これら顔面への密着度などについて具体的な確認を行ったような形跡は本件証拠上うかがわれない。)、以上から防じんマスクの一般的効用を考慮にいれても、粉じん濃度に関する前記付随的履行義務違反の判断を左右するに足りない。」
6 原判決二八四頁三、四行目「また、特に坑内作業向けに開発されたものではなく、一般作業向けに開発されたものであって、」を削除し、同四行目「それ自体」の次に「右特級合格品と比べると十分」を加える。
7 原判決二八六頁九行目「債務不履行があったものというべきである。」の次に、改行のうえ、
「また、これに加えて、前記認定のとおり、昭和五〇年一二月のじん肺健康診断において、第一審原告後藤は、じん肺管理区分三に、同岩元は同管理区分二にそれぞれ相当する有所見者と診断されたが、第一審被告らの側において(第一審被告日鉄においても、第一審被告日鉄と同菅原との前記密接な関係から当然この事実を知っていたと推認される。)行政庁にそれ以上なんらのじん肺管理区分申請をした形跡がないことは、健康等管理の面においても債務不履行があったとみるほかない。」を加える。
五当裁判所の「第一審原告らのじん肺罹患と第一審被告らの粉じん作業雇用契約に基づく付随的履行義務違反との因果関係」及び「第一審被告菅原の主張四(示談契約の締結による損害賠償請求権の消滅)について」の判断は、原判決の理由説示六、七(原判決二九三頁八行目から三〇五頁一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。
六第一審原告らの損害
第一審原告らは、債務不履行に基づく損害賠償として、入院雑費、逸失利益及び慰謝料並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めているところ、同原告らの逸失利益及び慰謝料に関する各損害賠償請求権はいずれも同原告らがその各労働能力を完全に喪失した日に期限の定めのないものとして生じたものと解すべきであるから、逸失利益は労働能力を完全に喪失した日における現在価額(以下「現価」という。)をライプニッツ方式により年五分の割合で将来の中間利息を控除して算定すべきものである。また、遅延損害金は、第一審原告岩元については<書証番号略>によれば、同原告は、昭和五六年七月八日到達の書面で損害賠償の支払請求をした事実が認められるから、その翌日である昭和五六年七月九日から生じるものというべきであり、第一審原告菊池及び同後藤については、同原告らが第一審被告らに対して本件訴状をもって右損害賠償の履行の請求をした日の翌日(これが昭和五七年六月九日であることは記録上明らかである。)からそれぞれ生じるものというべきである。
1 第一審原告岩元の損害
(一) 第一審原告岩元は、入院雑費として一日当り一二〇〇円、三六五〇日分の合計四三八万円を請求するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(二) 逸失利益
前示のように、第一審原告岩元は昭和五五年六月一七日に西多摩病院でじん肺管理区分の管理四に該当する旨の診断を受け、同年八月一五日には東京労働基準局長からじん肺管理区分の管理四の決定を受けたのであるが、前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告岩元のじん肺罹患の経緯及び現在の症状等に照らせば、同原告は、遅くとも西多摩病院において管理四の診断を受けた同年六月一七日以降は休業して療養を要する状態にあり、その労働能力を完全に喪失したものと認めるのが相当である。
第一審被告らは、第一審原告岩元の法廷への出頭状況、看護記録などからうかがわれるところの同人の日常の生活ぶりなどから、同人には著しい肺機能障害はないと主張するが、第一審原告岩元に第一審被告らが主張するような行状が認められたとしても、じん肺管理区分の認定が適正になされていること、前記じん肺症状の一般的特質等を考慮すれば、前記認定を左右するに足りない。
ところで、同原告は昭和五年一〇月一八日生まれで右管理区分四の診断を受けた当時四九歳であったから、右じん肺に罹患することがなければ、少なくとも六七歳に達するまでは労働に従事することができ、この間、六〇歳までは休業前の年収相当額を、また、一般的に収入額の減少が予想される六〇歳から六七歳まではその年齢に応じ賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収相当額をそれぞれ得ることができたものと推認するのが相当である。
そこで、同原告の逸失利益の昭和五五年六月一七日における現価を算定すると次のとおりとなる。
(1) 昭和五五年六月一七日から平成二年一〇月一七日まで
<書証番号略>によれば、第一審原告岩元の昭和五四年一月から同年一二月までの給与の合計額は四三六万五一二六円であると認めることができるから、これを基礎に、右期間(約一〇年四月間であるが、一〇年間で計算し、四月分については次の慰謝料額において斟酌することとする。)の逸失利益の昭和五五年六月一七日における現価を算定すると、次のとおり三三七〇万七五〇二円となる。
436万5126円×7.722=3370万7502円
(2) 平成二年一〇月一八日から平成九年一〇月一七日まで
昭和六三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収額(この額が三六四万八一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を基礎に、右期間(七年間)の逸失利益の昭和五五年六月一七日における現価を算定すると、次のとおり一二九五万八〇五一円となる。
364万8100円×(11.274−7.722)
=1295万8051円
(3) 小計 四六六六万五五五三円
(三) 慰謝料
前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告岩元のじん肺罹患の経過及び現在の症状、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、同原告がじん肺に罹患したことにより被った精神的苦痛を慰謝するためには、一六〇〇万円の支払をもってするのが相当である。
(四) 小計 六二六六万五五五三円
2 第一審原告菊池の損害
(一) 逸失利益
前示のように、第一審原告菊池は昭和五六年一〇月三日に西多摩病院でじん肺管理区分の管理三ロ及び続発性気管支炎の合併症との診断を受け、同年一一月二五日には東京労働基準局長からじん肺管理区分の管理三イ及び続発性気管支炎の合併症との決定を受け、さらに昭和六三年一一月一〇日には同じく管理四の決定を受けたのであるが、前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告菊池のじん肺罹患の経緯及び現在の症状等に照らせば、同原告は、遅くとも西多摩病院において管理三ロ及び続発性気管支炎の合併症との診断を受けた昭和五六年一〇月三日以降は休業して療養を要する状態にあり、その労働能力を完全に喪失したものと認めるのが相当である。
第一審被告らは、第一審原告菊池の法廷への出頭状況、看護記録などからうかがわれるところの同人の日常の生活ぶりなどから、同人には著しい肺機能障害はないと主張するが、第一審原告菊池に第一審被告らが主張するような行状が認められたとしても、じん肺管理区分の認定が適正になされていること、前記じん肺症状の一般的特質等を考慮すれば、前記認定を左右するに足りない。
ところで、同原告は昭和四年六月一八日生まれで右管理区分三及び続発性気管支炎の合併症との診断を受けた当時五二歳であったから、右じん肺に罹患することがなければ、少なくとも六七歳に達するまでは労働に従事することができ、この間、六〇歳までは休業前の年収相当額を、また、一般的に収入額の減少が予想される六〇歳から六七歳まではその年齢に応じ賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収相当額をそれぞれ得ることができたものと推認するのが相当である。
そこで、同原告の逸失利益の昭和五六年一〇月三日における現価を算定すると次のとおりとなる。
(1) 昭和五六年一〇月三日から平成元年六月一七日まで
<書証番号略>によれば、第一審原告菊池の昭和五四年一〇月から昭和五五年九月までの給与の合計額は三七四万五四八九円であると認めることができるから、これを基礎に、右期間(約七年八月間であるが、八年間で計算し、余計に認めた分については次の慰謝料額において斟酌することとする。)の逸失利益の昭和五六年一〇月三日における現価を算定すると、次のとおり二四二〇万七〇九五円となる。
374万5489円×6.463
=2420万7095円
(2) 平成元年六月一八日から平成八年六月一七日まで
昭和六三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収額三六四万八一〇〇円を基礎に、右期間(七年間)の逸失利益の昭和五六年一〇月三日における現価を算定すると、次のとおり一四二八万九六〇七円となる。
364万8100円×(10.380−6.463)
=1428万9607円
(3) 小計 三八四九万六七〇二円
(二) 慰謝料
前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告菊池のじん肺罹患の経過及び現在の症状、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、同原告がじん肺に罹患したことにより被った精神的苦痛を慰謝するためには、一四〇〇万円の支払をもってするのが相当である。
(三) 小計 五二四九万六七〇二円
3 第一審原告後藤の損害
(一) 逸失利益
前示のように、第一審原告後藤は昭和五六年一〇月五日に珪肺労災病院職業病検診センターでじん肺管理区分の管理四に該当する旨の診断を受け、同月三一日には栃木労働基準局長からじん肺管理区分の管理四の決定を受けたのであるが、前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告後藤のじん肺罹患の経緯及び現在の症状に照らせば、同原告は、遅くとも珪肺労災病院職業病検診センターにおいて管理四の診断を受けた同年一〇月五日以降は休業して療養を要する状態にあり、その労働能力を完全に喪失したものと認めるのが相当である。
第一審被告らは、第一審原告後藤のパーセント肺活量、一秒率、酸素分圧、肺胞気動脈血酸素分圧較差などの検査結果が正常であること、同人の看護記録などからうかがわれるところの同人の日常の生活ぶりなどから、同人には著しい肺機能障害はないと主張するが、第一審原告後藤については、V二五/身長の限界値が明らかに下回り、呼吸困難の程度が第Ⅲ度と診断され、じん肺診査医の審査、診断に基づきじん肺管理区分の認定が適正になされていると認められることは前認定のとおりであり、第一審原告後藤に第一審被告らが主張するような行状が仮に認められたとしても、前記じん肺症状の一般的特質などを考慮すれば、前記認定を左右するに足りない。
ところで、同原告は昭和四年三月八日生まれで右管理区分四の診断を受けた当時五二歳であったから、右じん肺に罹患することがなければ、少なくとも六七歳に達するまでは労働に従事することができ、この間、六〇歳までは休業前の年収相当額を、また、一般的に収入額の減少が予想される六〇歳から六七歳まではその年齢に応じ賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収相当額をそれぞれ得ることができたものと推認するのが相当である。
そこで、同原告の逸失利益の昭和五六年一〇月五日における現価を算定すると次のとおりとなる。
(1) 昭和五六年一〇月五日から平成元年三月七日まで
<書証番号略>によれば、第一審原告後藤の昭和五五年一〇月から昭和五六年九月までの給与の合計額は四二〇万一四三六円であると認めることができるから、これを基礎に、右期間(約七年五月間であるが、七年間で計算し、五月分については次の慰謝料額において斟酌することとする。)の逸失利益の昭和五六年一〇月五日における現価を算定すると、次のとおり二四三〇万九五〇八円となる。
420万1436円×5.786
=2430万9508円
(2) 平成元年三月八日から平成八年三月七日まで
昭和六三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の年収額三六四万八一〇〇円を基礎に、右期間(七年間)の逸失利益の昭和五六年一〇月五日における現価を算定すると、次のとおり一五〇〇万四六三五円となる。
364万8100円×(9.899−5.786)
=1500万4635円
(3) 小計 三九三一万四一四三円
(二) 慰謝料
前示認定にかかるじん肺の一般的特質、第一審原告後藤のじん肺罹患の経過及び現在の症状、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、同原告がじん肺に罹患したことにより被った精神的苦痛を慰謝するためには、一六〇〇万円の支払をもってするのが相当である。
(三) 小計 五五三一万四一四三円
七過失相殺について
過失相殺についての判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決三一八頁一行目から三二〇頁一行目までと同一であるから、これを引用する。
1 原判決三一八頁九、一〇行目「、原告後藤が長孔穿孔作業の最初の手順においても水を使用しないで粉じんを飛散させたことのあったこと」を削除し、同頁末行目「原告らが」の次に「日常的に」を加える。
2 同三一九頁六行目「原告らの認識不足は、」の次に「もとより第一審原告らの自らの健康管理に対する安易な態度に基づくところが大であるといわなければならないが、また」を加える。
3 同頁八、九行目「由来すること」の次に、「(なお、喫煙とじん肺罹患との因果関係一般については、喫煙者と非喫煙者との間、喫煙量、喫煙期間とじん肺罹患についての相関関係と同様現在においてもなお研究途上であって、第一審原告らの稼働期間中においてこれらに関する科学的な研究結果が発表され、信頼的な警告が発せられたとの証拠はない。)も一因である。たしかに、第一審原告らが空繰りをしたり、坑内作業中喫煙していたとすれば、その間はマスクを外し、煙草の煙とともに坑内粉じんを吸入することになり、極めて健康に有害であったであろうことは容易に想像できるところである。しかしながら、元来、先に認定したように、松尾採石所の坑内は、昭和五〇年及び五五年に第一審原告ら請負組の作業員のみならず、第一審被告日鉄の直轄坑内作業員にも相当数のじん肺有所見者が発見されていることからもうかがわれるように、粉じん濃度を含めて相当じん肺にかかりやすい作業環境にあったと推認せざるを得ないのであり、第一審原告らにおいて喫煙し、時にマスクの着用や散水を怠った事実が認められるとしても、それらが第一審原告らのじん肺罹患に相当程度重要な原因となっているとまでは本件証拠上認められない以上」を付加し、同九行目「等が認められるから」を削除する。
八損益相殺について
1 第一審原告らが既に給付を受けた労災保険法に基づく休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金法に基づく障害年金が損益相殺の対象となり、第一審原告らの損害算定額から控除されるべきであるが、これらの将来の給付額や厚生年金法による老齢厚生年金が損益相殺の控除の対象とならないことについての判断は、原判決三二〇頁九行目から三二四頁二行目までと同一であるから、これを引用する。
また、当裁判所も、労災保険法二三条による休業特別支給金、傷病特別支給金、傷病特別年金等の特別支給金規則に基づく特別支給金は、損益相殺の対象として既に支給された給付は損害賠償額から控除されるべきである、と判断するものであるが、その理由は原判決三二四頁三行目から三二八頁九行目までと同一であるから、これを引用する。
2 <書証番号略>、本件弁論の全趣旨によると、第一審原告らにおいて、平成三年一一月末日までに支給を受けたと認定ないし推認できる各種給付額は、別紙1ないし3のとおり(第一審原告後藤にかかる休業特別支給金及び傷病特別支給金の額についての認定理由は、原判決三四七頁一〇行目から三四九頁二行目までを引用する。)であるが、損害損補にあたっては、これらの給付から、各第一審原告の損害発生日(第一審原告岩元については昭和五五年六月一七日、同菊池については昭和五六年一〇月三日、同後藤については昭和五六年一〇月五日)から給付を受けたときまでの年五分の割合により計算される額を控除して算定するのが衡平上相当であり、それらを計算すると、別紙1ないし3のとおり、第一審原告岩元については合計四三九二万四〇五八円、同菊池は二七二二万四八八四円、同後藤は二五一六万六九二〇円となる。
3 そして、さらに第一審原告菊池については、第一審被告菅原から支給を受けた一二〇万円を、同後藤については日本ロックに対する訴えを取り下げるにあたり同被告から家族名義ではあるが支払われた合計三〇〇万円の金員を損害に対する填補に充てるべきであるが、その理由は、原判決三五二頁六行目から三五三頁一行目「べきものである」までを引用する。
4 そうすると、損害の填補に充てられるべき額は、第一審原告岩元が合計四三九二万四〇五八円、同菊池が二八四二万四八八四円、同後藤が二八一六万六九二〇円となり、これらを控除すると、第一審原告らが第一審被告らに対して賠償を求め得る額は、第一審原告岩元が一八七四万一四九五円、同菊池が二四〇七万一八一八円、同後藤が二七一四万七二二三円となる。
九弁護士費用について
当裁判所も、本件訴訟において、弁護士費用が認められるべきであり、その賠償を求めることができる弁護士費用の額は、第一審原告らそれぞれにつき二五〇万円を相当と認めるものであるが、その理由は原判決三五三頁四行目から三五五頁三行目までと同一であるから、これを引用する。
そうすると、これら弁護士費用を加算すると、第一審被告らは各自、第一審原告岩元に対し二一二四万一四九五円、同菊池に対し二六五七万一八一八円、同後藤に対し二九六四万七二二三円を支払うべき義務があるものといわなければならない。
一〇結論
よって、第一審原告らの本訴請求は、第一審被告ら各自に対し、第一審原告岩元については前示金額及びこれに対する昭和五六年七月九日から、同菊池及び後藤については前示金額及びこれらに対する昭和五七年六月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきであって、これと異なる原判決を右のとおり変更し、第一審原告岩元及び同菊池の本件各控訴並びに第一審被告らの第一審原告後藤に対する本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山下薫 裁判官豊田建夫 裁判官松岡靖光は、退官のため署名押印できない。裁判長裁判官山下薫)
別紙1ないし3<省略>